2007-03

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六ヶ所村STUDY TOUR 2日目

ツアー二日目、今日は菊川さんに核燃の村としての六ヶ所村を巡るツアーをしていただくのです。

目覚めると牛小舎の外は猛吹雪。
時刻はまだ6時ちょっと過ぎ。
早起きって素晴らしい!母屋へ行くと、菊川さんお手製の全粒粉のパン、手作りジャム、ウインドファームのフェアトレードコーヒーや紅茶、青森のリンゴで朝食です。
パンはもう一度薪ストーブの上のフライパンで焼いて、湯気の香り立つほかほかを頂きます。

その後おいしい玄米で昼食のおにぎりをみんなで作り、二台の車でいざ、出発!!
通常は花とハーブの里では使用済の食用油(VDF)を使われていますが、冬は寒過ぎて凍るそうで、冬の間はガソリンで走ります。

 *  *  *  *  *

往路はまず下北半島の太平洋側を北上。
一緒に闘った人たち、既に亡くなった人たちの存在を聞きながら車で移動。
村にはそこかしこに核燃の村であることやその背景を感じさせる歴史が刻まれていた。
広い広い農地や酪農地があると思うと、突然荒れた土地があらわれる。
むつ小河原開発の後、あても無く放置された土地、
核燃によって財をなした数軒の家、
そして、自衛隊基地や、空対地爆撃場。
空から爆撃をする練習を、原発や再処理工場、核施設がひしめくこの土地で、まさか行っているとは。

最初に停車したのはむつ小河原港。

MUTSU_OGAWARA_PORT



ここで積み上げられた放射性廃棄物が、再処理工場へ向かう。
訪れた日はフェンスで仕切られ、近付く事ができなかった。どうやら近々また荷揚げがあるらしい。
ブルーのクレーンは、写真では伝わりにくいかもしれないけど
大自然に突如として聳え立っている。
そこから大きな専用搬送炉が伸び、反対者の行動をシャットアウトされているとのこと。

車でそこから少し行くと、家々が並ぶ小さな商店街があった。
かつては再処理工場が作られたものの道路までは整備されておらず、この一般の家々の間を数台の護衛車に挟まれただけの巨大な放射性廃棄物を詰めた搬送車が走ったという。

そう、この村に生きて、反対の声をあげられない状況にあっても、核と暮すという事の意味をこの村の人々は感覚で知っているのだ。
この村で反対の声をあげる事も、本当の意味で命がけ。
放射性物質が大量に詰まった物体を前にして、恐怖と闘いながら立ちはだかろうとしている。
その時の恐怖は、きっと機動隊だけではなく、目の前のそれだけの放射性物質でもあるだろう。

東京であげる反対の声は、それだけの勇気と決意を持っているのだろうか?
ぬくぬくとエネルギ-の便利さの恩恵を受けながら、声をあげる権利などあるのだろうか?

でも、立ち止まる訳にはいかない。
都会の生活を少しづつでも変えること、そして知ること、忘れないこと、続けること。

例えほんの僅かでも、行動を続けることが私にできること。
そして、より多くの人へ伝える事。

旅のしずくVOL.6では、これまで感じた事、見て来た事の全てを持ってより多くのひとが行動するきっかけとなりますように。
ツアー報告はまだまだ続く…。今日のところはこの辺で~。
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Author:旅のしずく
『国際ボランティアから帰って来た若者と話す 笑う 考える』

世界を旅して感じたことを、
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